「脱乾漆」datsukanshitsu

1、脱乾漆とは

天平時代、仏像に用いられた技法。現存するものでは興福寺阿修羅像が有名。 まず粘土で、造形したいものの原型を作る。その上に「漆と砥の粉(微粒子の粘土)を練ったパテ」と「麻布の断片」を塗り重ねて貼っていく。漆は湿度で乾くため「室(漆の乾燥室)」で適当な湿度温度を保ち乾燥させる。何度も塗り重ねて貼り、厚みが2〜3cmになるまで成型する。その後中の原型を取り出し、像の中が空洞の作品ができる。中空であるため非常に軽く、大切な仏像を火事などから救い出すため有用な技法であった

2、材料 

漆:10年かけて育った漆の木から採れる樹液は200mL程度で非常に貴重。現在はほぼ中国からの輸入に頼る。自身の使用する漆も中国産。自身のアトリエには苗木を植え、近い将来国産の漆で漆液をとることを計画している。苗木は茨城県の神長正則氏から、安定して漆液を出すものを分根法という技術で分けていただいた。苗木の育成・漆液の採取等後継者不足のため存続困難な現状である。  麻布:国産のものはほぼなく、自身の使用するものもなくなれば国産のものではなくなる。現在は蚊帳に用いられているものを使用している。砥の粉:京都山科の砥石の粉を使用している。現在この1件からの供給に頼っている

3、乾漆と私

ある友人から僕は「お前は出口から入った」と言われたことがある。祖父・父と彫刻家出あり自分も彫刻家でいることが環境として整っていた。彫刻家でいることの諸条件が外的に整っていることをその友人は「出口から入る」と表現したのだと思う。では「入口」は?僕はそれを情熱だと考えた。ご縁があり僕は東大寺の修二会に処世界童子としてお勤めすることになった。

1か月籠って処世界という若手僧侶の手伝いをした。他の僧侶が上堂するまでに内陣を綺麗にすることが僕の役目であり、それを全力で果たした。それから僕は漆とも正面から向き合うことにした。情熱であり、「入口」である。それまで僕は漆を触るときには手袋をしていたが、やめて直に漆と対話した。



クニークルス


ここから見え方が変わった。特に自然。草木の緑、光のキラキラ、風が見える。汚れた自然へのアンチテーゼとしての趣味のゴミ拾いもここから始まった。それからは作品も、僕の見ている世界同様、上も下も右も左もない世界である。